【日記】考察や思想・願望や理想…

【涙そうそう】
TBS開局55周年“涙そうそう”4時間スペシャル

涙が止まりませんでした、ずっと。
それは きっと、私も人間だから。

戦争の物語を見る度に、どうしようもなく泣きたくなるんです。

昨日の放送の中にもありました。
『人は過ちを忘れた頃、同じ過ちを繰り返す』(確かこんな言葉)
忘れない為に、あのような放送が流れるんだと思います。
戦後の時代に生まれた私達は、それで現実を知るんです。
どんなに惨くても、残酷でも、
過去から目を背けないように。忘れてしまわないように。伝える為に。

少し前に放送された“僕たちの戦争”も、同じように。
時代こそ違うけれど
同じ人間で、誰もが
幸福を求めて、誰かを好きになって、愛し合って、身近な人の死を嘆いて…
私達と何も変わらない人達が、其処に生きていたのだと。
その上に、私達は存在しているんだろう・と…。
そんな事を教えてくれたドラマでした。

戦争の所為で死んだ命は、同時に、未来の為の犠牲となっている。
その命が、昔と今を…世界を現代へと繋いでいるのだろう。
私達は、人類の歴史が続く限り決して
犠牲となった命を無駄にしてはいけない と、思う。

どうすれば、この世界から戦争を失くせるだろう。人が人を殺さずに済むだろう。
どうすれば、私達は過去に償えるのだろう。いつまでも贖え切れない罪を背負いながら。


最近の心境
薬が減ったからなのか、最近よく笑う。
お笑いが好きな一家で、昨日もテレビ見て、家族が寝ても一人で。
なんか、笑ってる時って何も考えなくていい感じじゃないですか。
だからとりあえず笑っとけ!って感じで生きてます、華月です(遅)

まぁ浮き沈みが激しいのは相変わらずですが。
自虐的傾向からも少しは抜け出せた気がしたり。
最近 血 見てないですもん。
疲れ果てる事もなくて、なんか元気な自分に驚いたり。
それが当たり前な人達っていいなぁ・なんて。
その調子が普通の日常っていいなぁ・と。
羨ましいって云うか、妬ましいと云うか。

だからこそ、の話なんですけど。
自分を棚に上げてる気もするんですけどね、結構。

働けるのに働かない人を見るとちょっと憤りを感じます。
自分で稼げるのに他人に頼ってる人とか、
働かない理由よりも働く理由を疑問に思ってる人とか。

だったらその健康な身体を私にくれよ・って…。
なんか悔しい。やりきれない感じ
それで病気を言い訳に使ってる自分にも苛立つんですけどね。
まだまだマシな方なんですよ私は。
理解してくれる身内がいて、
自分の意思で動けて、
生きてられる。


翼があるのに羽ばたこうとしない鳥を見て貴方は何を思うのだろう
やがて退化し飛べなくなった鳥は広い空を見て何を感じるのだろう



死んだら生きられないんだよ

生きようとしなかっら死んじゃうんだよ




昨日と今日と明日 過去と今と未来
多分、誰もが今を生きる事で精一杯なのだろう。
希望に満ちた夢を描く事それよりも
今と未来を繋ぐ事その為に
必死に、懸命に
この時を過ごしているのだろう。

今を紡ぎながら生きている。
その軌跡が未来へと繋がるように。


…なんて、不安ばかり抱えてる奴の言い訳みたいなんですけど。
数年後かの未来の、理想の日常を想像しても
其処に自分はいないんだろうなぁ・と。
私はいつまでも、この世界に取り残されてるんだろうなぁ。
でもいつか、その世界で立ち上がる時が来るんだろうなぁ。


心の中の事
嫌いな人を好きになろうと思っても
嫌いな人を好きになろうと思おうとしているだけなのだから。
その考えに、自身の心を動かせる程の想いはあるのだろうか。

自分一人で全てを抱え込んで悩んだ処で
問題は動かない。何も変わらない。

この世界は、自分一人で成り立っているわけではないのだから。

あらゆる関連性の中に存在していると云う事。
貴方は貴方だけで其処に生きているんじゃなくて、過去も今も未来も。
出来ない事なんて沢山あるのだと認める事。
貴方と云う人は、貴方が一人で知り尽くせるような存在ではない。




(伊藤守さんが大好きなんです、私。ディスカバー21の)


絶えず廻り続ける世界の中で
地球は廻り続け、時間は流れ続け、世界は動いている。

下を向いて歩いている時も
膝を抱えて踞っている時も
八つ当たり気味に走ってみたり
ヤケになって自暴自棄に暴れてみたり
思い切り落ち込んで泣いて眠って休んでみたり


そんな不安定な生き方をしていても,どんな時でも...,
私と私を取り巻く世界や環境は、絶えず変わっているのだと。


ふと、思った。と云うか、自分はそういう何かを感じてるんじゃないかと。
切欠も何もわからないけれど。理由も要らないかも知れない。
表すとしたら【 なんとなく 】で充分。
それだけだけど、それで改めて自分なりに生きてるような気が…。
なんか他人事みたいに語ってますけど。


自分自身が変わったと云う現実を感じる事ができて
その自分の変化に気付く事ができて
改めて世界を見てみたり
昔と今を比べてみたり

そんな余裕はなかった。あったとしても
その時の私は
それに目を向ける事も、その存在を信じる事も、触れる事もできなくて
気付けなかったんだと思うんです。
気付かなかったのか、或いは、気付かないフリをしていたのか。

今の私にはちょっと理解し難いのですが。
まぁ自分を知ってる人間なんてそうそういないでしょうしね。
過去を悔やむのとと同じように。

後悔できる人って、自分とその周りの物事が見えている人。
後悔できない人は、日常の変化や転移を気に掛けない人。
上手く文章化できないんですけど、まぁこんな感じかなぁ・と。

どうか
昔の自分を卑下せずに 今の自分を否定せずに 時の流れを怖れずに 未来に希望を抱いて
何時か訪れるその時の自分を信じて、生きていけますように。



思考や理想と云うモノは
その人間の中で自然とカタチを成してきたのなら
誰かに『変われ』と言われて難しいと感じるのは多分当たり前で
自分で『変わりたい』と願ってもそうそう簡単にはいかないのが現実で
逆に『変わらない』事を望んでもその想いを取り残して世界は進んでいくのだろう
頭で考えても 心で思い詰めても どうにかなる問題でもないのだろうし
いつの間にか その道の 何処か途中で 何かが動き出しているのかも知れない


自分にとって良い方向に世界が動いていると云う事実に気付く事ができたならば
其処に存在する何かを見つけた其の瞬間を
誰かは幸福と呼ぶのかも知れない。



私としては
今は少し幸せを感じてる。





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